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名古屋高等裁判所 昭和29年(く)21号 判決 1955年1月13日

抗告人 M

主文

本件抗告の理由は抗告人少年提出の抗告申立書記載の通りであるから右記載を引用する。

当審が取調べた身元調査方照会に対する警視庁千住警察署の回答書添付の巡査渡辺操の復命書、事項調査嘱託に対する東京都葛飾区役所の回答書及び記録添付の新潟県長岡市長作成の戸籍簿謄本、水越喜作並びに抗告人の司法警察員に対する各供述調書によれば、抗告人は本籍東京都葛飾区下千葉町三八三住居同都足立区千住緑町A男B女の三男M昭和十一年二月十六日生であるが、戸籍原本が戦災により消失し戸籍調製の際記載もれとなつていたところ、昭和二十九年二、三月頃家出し、同年四月十六日頃長岡市宮内町四三一一番地冷却器修理業水越喜作方に引取られ家業の手伝をしていたが、同人に対し昭和十九年三月頃東京都の戦災により両親兄弟全部を失つた所謂戦災孤児吉川文夫と偽つていた為、水越は之を信じ同情して家庭裁判所に就籍の申請をし、同年六月二十四日附許可の裁判により七月三日本籍新潟県長岡市宮内町四三一一番地亡吉川三吉同トミ子長男吉川文夫昭和十一年二月十六日生の就籍届出をなし新戸籍を取得したところ、その後抗告人は原決定の如き非行を為したことを認めることができるから、原裁判所が前示長岡市長作成の戸籍簿並びに少年の司法警察員に対する供述調書等の記載を前提とし、保護者たるべき実父A男が東京都に現存するのに拘らず抗告人を自称吉川文夫で保護者のない孤児と誤信して調査審判し保護処分の決定を為したのは重大な事実誤認又は法令の違反があるものといわねばならないから、本抗告は理由がある。

よつて少年法第三十三条第二項に則り原決定を取消し、本件を名古屋家庭裁判所岡崎支部に差戻すこととし、主文の通り決定する。

(裁判長判事 高城運七 判事 柳沢節夫 赤間鎮雄)

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